’98 冬季五輪長野大会に白馬会場アルペンスキー男子競技役員(コース係り)として参加しました。
めぐるめく天候の移り変わりと昼夜と徹してのコース作り&整備。自衛隊員の協力のもと、2000人規模の人海戦術も自然の力には全く歯が立たず。冬季五輪史上初の大会種目キャンゼル(男子ダウンヒル競技)という不名誉な歴史を刻む一歩手前、最終日奇跡的な天候回復と、限界を超えた中での大会運営作業は、僕の人生の中でも「価値ある経験の中のゴールドメダル」となりました。
担当した種目は男子滑降、スーパー大回転、コンビネーション滑降&スラロームでした。
すでに開会式も終え、大会スケジュールか消化されてくると、普段は雑誌でしか見られない選手の姿を目の当たりして興奮する余裕はすでになく、朝は4時から、宿舎には23時に帰る日が続き、私を含めほとんどの競技役員を支えているのは「世界中が注目している競技を必ず成功させるんだ」との気もちだけでした。集中力がおち怪我をするものや体調を崩すものが出る中、宿舎のスタッフの方たちやマッサージのボランティアの方たちのお世話があったからこそ、何とか最後までみんなで頑張りとうせたのだとおもいます。毎朝、徹夜でコースを仕上げたにもかかわらず・・「本日のレースはキャンセルとなりました」のアナウンスを聞くたび絶望感にさいなまれました。最終日、大雪の中明け方にはコースを仕上げたにもかかわらず『ガス」が晴れずに「もう駄目だ、史上初の種目キャンセルが出た」・・と思った瞬間にパッと雲が晴れレースが出来たときは「神の存在を感じた」気になりました。
白馬会場の男子種目がすべて終了した後の、レース・ゴールゾーンで飲んだビールは最高でした。
もう2度とはない貴重な経験は僕の人生を豊かにしてくれたような気がしました。 |